形代呪術師よりご挨拶

私が仏門を去り、形代呪術師となった経緯や、
独自の呪法や霊視鑑定に至った理由をお話させていただきます

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縁結び、縁切り、恨み、復縁を人形代で叶える

はじめまして。山神政満(やまがみ まさみつ)と申します。
私は宮城県、泉の古寺に生まれ、幼より霊的体験を重ね、その魂に触れ、より深く関わる術に親しんでまいりました。
僭越ながら、私の歩みと呪術師となるまでのお話をさせていただきたいと思います。

大学在学中に西洋占術から東洋占術、六占星術や陰陽五行、四柱推命、宿命占術、紫微斗数を幅広く学び、在学中から占い師として活動。

しかし私は、住職ではなく、術師として生きる道を選んだ。
呪法を研鑽し、「形代(カタシロ)」「人形(ヒトガタ)」と呼ばれる形代雛を用いた独自の術を確立。
霊感の強さと占い師としてのスキルを組み込んで、縁結びや縁切りといった縁に特化した呪法を編み出した。

これからは、信徒様だけの世界ではなく、より広く世の人々へ役立てたいと考える。

我が身を呑み込む霊や思念

幼き頃から「視えていた」

子供時代の写真

宮城は泉の古寺にて、第一子として生まれた私、山神政満は、
物心つく頃より、常に“何か”と共に在った。

闇の中の気配。名も知らぬ囁き。魂の叫び――
周囲の者が気づかぬものが、私にははっきりと視え、聞こえていた。

形のないそれらは、死霊のものだけではなく、
生者の声、生きとし生ける物々の思念
でもあった。

それらは時に私を助け、時に謀り、苦しめた。
こちらの意思に関係なく現れる声や姿に幼心にも共感し、同情することもあった。

幼さが故の過ちと力不足

母になだめられる子供時代の写真

時に私の心に寄り添い、未来を囁いてくれもするそれらに対し、私は親しき者に行うかのように、苦しむものには念仏を唱え、この身はまるでその者であるかのように振る舞ったこともあった。

そういった、良かれと信じ行った稚拙な行動は、私の自我を呑み込み、知らぬ間に術の形をとり、家族や周囲の人々に牙を剥くこともあった。

それも私に知識と力が無かったが故。
しかし彼らは敵ではなく“真心”や“本能”の姿であることもその身を以て理解していた。
純粋が故に、強烈で、押し負ければ支配されてしまう。

それに気付いて以来、
それらと関わり合いながら生きる道を取らざるを得なくなった。
そのためには力が要る。
呑まれることなく、信念を貫き、現実を変える力が。

それが、私の“始まり”である。

私が仏門に入り、呪術へ至るまで

術ではなく、教えを求めた日々

大学生時代の写真

大学進学を機に東京へ。
そこでは、西洋・東洋問わずあらゆる占いを学び、
人の運命を読み解く術を身につけた。

それは自己理解や相互理解に至るための術となった。
これにより、霊や思念の声の正しさを再確認することができた。

だが私は、ただ未来を当てる者ではなく、
未来を変える者でありたかった。

人々の最終目的は未来視や霊視ではない。
未来視や霊視の先に、望む未来を選び手に入れること。
幸せになれなければ意味が無いのである。

修行僧時代の写真

私は人々の救いを求め、27歳で寺に戻り、仏門に入った。
数々の呪術や祈祷の儀式を学び、二度と稚拙な過ちを繰り返さぬよう、徹底的にコントロールする力を身に着け、人々の道を拓くお手伝いに邁進した。

私が学や力をつけるほど、信者様の信頼は厚くなった。
しかし、そこに“変革”の力はなかった。

仏門には「否定される」人々の思いが多くあることに胸を痛めた。
仏教思想や正しい行いは歓迎され、呪術や儀式で救わんとされるが、それにそぐわぬ思いや行動は、穢れとされ忌嫌われ切り捨てられていたのが現状であった。

“正しい教え”が時に人を苦しめる

私に相談に来られた方々は、
身内に話して軽蔑された方も少なくない。
僧侶に話して「供養や修行が足りないから間違い、不幸になるのだ」と言われた方もいる。

倫理に悪とされ、宗教に否定され、
「間違っている」と教えられたがために、
口にできぬ憎悪や愛、至願を秘めて苦しむ方々は、誰にも救われず地獄に堕ちろというのか。

宗教で否定された者、信じる神を持たない人々は、
往々にして迷い、しかし差し伸べられる手はなく、
自尊心を傷つけられながら苦悩している。

私は寺を継ぐことを辞めた。

呪術師として生まれ変わる

恩師と共に記念撮影

私は斯様な人々の願いを叶えるべく、
仏門を離れた導師の元を訪れ、教えを乞うた。
そして、呪術師の寄り合う某組合に辿り着いた。

私と同じ志を持つ術師に師事し、足元から全てを見直し再修行。
形代術師として入門を許されたのが2000年、35歳のことだった。

形代術師の基本行や真言の全てを修め、揮毫(形代や呪符に筆を入れること)を許されたのが2003年。

2007年には、行や真言、揮毫を、術として意味を成す順序と配置で組み立て、十万真言行を完遂した形代術師に与えられる十万洛師号を授かる。

そこから十年間、さらなる術を組み立て続け、百万真言行を完遂した形代術師に与えられる最上位号、百万洛師号を授かったのが2017年のことだった。

これらの修行と呪術の中で身体や精神に瑕疵を負う術師も多く、しかし、その治癒を行うには相当の実力や精神を持たぬ者でなければ共倒れ、最悪の場合命を落とすことにもなる。これを救うための資格、朱衆僧都号を授かり、一般人のみならず、術師の治癒を許可されたのが2022年のことである。

この二十余年の歳月を経て、私は形代呪法の皆伝となった。

独自の形代呪法と霊施術を確立

復縁の形代呪術の写真

形代呪法は、ただ知識を集めただけでは成り立たぬ。
真言を熟知し、形代を持っているだけでも成就し得ぬ。
呪とは、命と魂を削る“行”の中でしか育たない。

数々の実践と検証を経て、古来より伝わる知と霊との交わりを独自に編み、私は一つの呪法にたどり着いた。

それが、形代雛による縁故の呪法と真千里眼である。

形代に魂を籠め、縁を動かす

私の術は、“人形”にただの象徴ではなく、魂そのものを宿す。
それは藁であり、霊木であり、念であり、供物である。
その魂や霊と交感し、占術で分析することで、より成功しやすい呪法を組み立てることができる。

真千里眼

幼き頃から培われた霊視能力と形代雛の力を融合させた強力な霊視術。
形代雛に宿らせた魂の目と耳が、依頼主や対象者の現状や課題、魂や心理状態、打開策、展望を、術の器である私に刻みつけてくるもの。その霊視結果と様々な占術により導き出された鑑定結果と照らし合わせて確実性を高めたものがこの真千里眼である。形代呪法の前後に行うことで、魂のリアルタイムな変化を知ることもできる。
霊視なら霊視のみ、占いなら鑑定に偏る術者が多い中、これは私の術の最大の特徴でもある。

術とは、ただ行うものではない。
“視る者”が行うからこそ、正しく働くのだ。

対象者の霊視、未来視をしている写真

形代雛による縁故の呪法

形代雛に宿らせた魂同士に直接命令し、縁を動かす術。
縁結び、縁切り、不浄な縁の浄化、治癒が可能。
念写し、呪い、形代雛に体験、体現させ、魂の持ち主の肉体や精神の深層へ刻み込む。
この術は、生半可な感情で実行すれば「こんなつもりでは無かった」と後悔するだろう。
だが、本当に変わりたい者には、最短で最大の変化をもたらす道となる。

形代雛がもたらす縁故は、人の手と口を借りながら繋いでゆくような、人づての縁では無い。
面白半分に口外されたり、迫害される心配なく、
魂同士の縁故の契を交わすものである。

藁人形とヒトガタの写真

最後に——術を授ける者として

この術は、誰にでも開かれたものではない。
だが、あなたが自らの運命を変えると“本気”で決めたなら、私はその決意に応える。

その道がたとえ誰かに「間違っている」と言われた道でも、私は差別も軽蔑も侮辱もしない。
人々から認められなかった思いや願いを救うために仏門を去り、形代術師としてここにいる。

縁を結び、縁を断ち、あなたの未来を塗り替えるために。